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東京地方裁判所八王子支部 昭和25年(ヨ)103号 判決

申請人 全日本金属労働組合東京支部富士工業三鷹分会

右代表者 執行委員長

被申請人 富士工業株式会社

一、主  文

本件仮処分命令申請はこれを却下する。

申請費用は申請人の負担とする。

二、事  実

申請人代理人は被申請人が別紙目録記載の申請人組合組合員に対し昭和二十五年九月十五日附でなした解雇の意思表示の効力を停止する旨の裁判を求め、その理由として述べた要旨は次の通りである。

(一)  被申請人会社は自転車スクーター等の製造、修理、販売を目的とする株式会社で肩書地に三鷹工場を群馬県太田市に太田工場を置いており、申請人組合は被申請人会社三鷹工場の従業員をもつて組織する全日本金属労働組合の分会たる労働組合で、同じく太田工場の従業員をもつて組織する労働組合たる全日本金属労働組合群馬支部富士工業太田分会と共に全日本金属労働組合富士工業分会連合会(以下単に連合会という)を組織している。

(二)  別紙目録記載のものはいずれも前記三鷹工場の従業員でかつ申請人分会の組合員であるが、昭和二十五年九月十五日附で会社から解雇の意思表示を受けたが被申請人会社の就業規則第五十八条、同第六十三条によれば、傷病業務上支障、停年その他已むを得ない事由で会社が従業員に対し退職を命ずる場合には、その都度具体的理由並びに方策を示し従業員組合の同意を得て行う旨の規定がある。

(三)  然るに被申請人会社は昭和二十五年九月三日連合会に対し人員整理に関し、団体交渉を申入れ同月六日、十一日、十二日の三回に連合会との間に団体交渉を行つたが、終始会社案を絶対のものとして承認を強要し申請人の意見を聞こうとしないまゝ十二日には一方的に団体交渉を打切り同月十四日に解雇の通告を発するに至つたものである。

(四)  従つて本件解雇は就業規則に違反して、申請人の同意を得ないでなされたもので無効である。ところで労働者は解雇が無効なのに被解雇者として取扱はれることは殊に今日の経済状態においては労働者にとつて著しい損害であるので解雇を無効とする本案判決確定までの間その地位を保全するため本件仮処分申請に及んだ次第である。

被申請人の答弁事実中昭和二十五年六月二十九日富士産業株式会社から三鷹工場関係者に対して就業規則等労働関係一切の諸規定を廃棄する旨の通告のあつたことは認めその余の事実及び抗弁はすべて否認した。

(疎明省略)

被申請人代理人は主文同旨の裁判を求め答弁並びに抗弁として述べたところの要旨は次の通りである。

(一)  申請人の本件申請理由一、記載の事実中別紙目録記載のものが現に被申請人会社(以下単に会社という)三鷹工場の従業員である点は否認し、その余は認める。同二、記載の就業規則の規定は富士産業株式会社のものとして、存在したことは認めるが、被申請人会社としてはこれを承継していない。同三、記載事実中会社が昭和二十五年九月三日連合会に対し人員整理につき団体交渉を申入れたこと。同月六日、十一日、十二日の三回に亘り団体交渉を行つたこと。十二日に到り右交渉が打切られたこと、及び十四日解雇通告を発したことはいずれも認めるが、その余は否認する。同四、記載の事実中本件解雇が就業規則に違反して無効であるとの主張及び仮処分の必要性は否認する。

(二)

(1)  当事者適格の欠如について

本件仮処分申請は、申請人組合(以下単に組合という)からその所属組合員である別紙目録記載のものに対する従業員たることの仮の地位を定める為のものであるが、従業員たる身分の得喪は会社と従業員間の労働契約に基くものである。従つて解雇の有効、無効を争い得るのは当該労働者が個々に労働契約上の権利に基いてなし得るもので労働組合は使用者に対し労働協約上の権利をもつてこれを訴求し得るけれども組合員たる従業員の労働契約上の権利については労働組合は法律上訴訟管理権を与えられていない。殊に本件会社と組合間には現在労働協約は存在していないのであるから組合は会社に対し何等協約上の義務の履行を訴求し得べき限りではない。よつてこの点に於て本件申請は当事者適格を欠くものとして当然却下せられるべきものである。

(2)  就業規則の違反について

申請人は本件解雇は就業規則第六十三条に違反して組合の同意を得ないでなされたから無効であると主張するが申請人の所謂就業規則は富士産業株式会社のもので同会社は昭和二十年八月会社経理応急措置法により特別経理会社に指定され被申請人会社は企業再建整備法により右富士産業株式会社の第二会社として昭和二十五年七月十三日新発足したもので従業員全員の雇傭契約は富士産業株式会社からこれを引継いたものであるが、労働協約は既に失効し富士産業株式会社が被申請人会社新発足に先だつて同年六月二十九日三鷹工場関係者に対し就業規則等労働関係一切の諸規定を廃棄する旨の通告をなし更に就業規則については被申請人会社として団体交渉の席上新就業規則案を提示して旧来の就業規則を承継しない意志を明示しており同年七月十五日組合に提示した新労働協約案にも従来の就業規則中新会社として採用し得るものは可及的にこれを取入れていることからみても申請人会社が従来の就業規則を承継していないことは明瞭である。就業規則は会社が労働力を管理するためにその責任に於て制定すべきものであるから被申請人会社が右のような事情にある旧来の就業規則に拘束されることはない。従つて本件申請は新会社の拘束されない就業規則に基くものであるから、この点に於て却下せらるべきものである。

(3)  人員整理と就業規則第五十八条との関係について

仮りに会社が右就業規則を承継したとしても会社は前叙の如く昭和二十五年七月十三日富士産業株式会社の三鷹工場と太田工場とをもつて同会社の第二会社として発足したものであるが昭和二十四年春以来一般経済状勢の激変のため深刻な影響を受けるに至りその営業品目たる自転車の如きは多数のメーカーの熾烈な競争により採算割の甚だしい輸出並びにクーポン制による販売競争をも行はねばならなくなり、販売損失額は昭和二十四年下半期では三鷹工場だけで三千二百余万円同二十五年上半期には二千三百余万円に達し農業用発動機も滞貨として手持しなければならず、加うるに組合の無理解な争議のために致命的な生産減と損失とを招き資金状況も昭和二十四年上半期以来毎半期資金の不足を生じ銀行借入金支払手形の増額、必要経費の繰延支払等によつて辛じて経営を続けてきたが遂に支払手形並びに銀行借入金等も極限に達し経営上今や重大な危機に当面するに至つたのである。会社としては設備合理化作業能率の改善、経費の節減不急資材の処分等の合理化を図りある程度の成績を上げ、更に給与制度の改革を図つたが組合の反対にあつて実現をみず到底従来の給与制度を維持することができないので昭和二十五年七月十五日新たな賃金ベースの提示をしたが組合は賃上げ要求をもつて迫り、争議状態を続け工場長その他幹部職員に対する暴状を示す有様で生産は更に半減するに至つた。このまゝで推移する時は会社は死滅に瀕することは必定であるので生産品目の選定と生産数量を樹立して右の生産計画を合理的に遂行する為一定条件のもとに立案し両工場再建のために必要員数を計出し余剰人員の整理を図る已むなき事態にたち至つたもので会社企業存続のためには誠に已むを得ない措置である。かゝる企業存亡の秋においてなされねばならなかつた大量解雇については、就業規則第五十八条は適用されない。即ち同条第一号ないし第四号はいずれも個人の業務に堪え得ない状況を列挙し之と並べて同条第五号は「その他前各号に準ずる已むを得ない事由ある時」と規定しているので個人の業務担当能力欠如に準ずるような已むを得ない事由の場合を予想したものであるから前叙の如く企業再建のため已を得ず個人の業務担当能力の如何に拘らず整理しなければならない様な人員整理の場合には本号の適用外である特に労働協約が失効し新就業規則が未発布の状態に於ては会社は人員整理に関し組合の同意を得る必要はない但し会社は組合員の生活に関する重大問題であるので会社再建の合理性及び之に伴う人員整理の必要あることを周知せしむるためそのパンフレツトを組合に配付し又解雇基準十項目を挙げ之れに該当する者を慎重調査の上尚円滑な企業運営を期待しこれに充分な説明を試みるために団体交渉までもつたのであるが組合としては会社の前叙の如き苦境を知悉しながら敢えてこれに反対したので会社は已むなく労働基準法第二十条により解雇予定人員を解雇したものである。

(4)  同意権の濫用について

以上いずれも理由がないとしても組合は前叙の如く会社の経営状況が極度に悪化しこのまゝ推移する時は企業存続の根底を覆えすに至るべきことを屡次の賃上げ要求に対する会社の説明によつて充分知悉し得べきに拘らず、会社が再建のための合理化の最後的手段として已むを得ず取らざるを得なかつた本件人員整理についての会社との三回に亘る団体交渉の際に於て組合は何等誠意ある態度を示さず之を回避し荏苒として時を移すので遂に会社は本件人員整理を断行せざるを得なかつたのであつて会社としては組合の同意を求め組合としては客観的にも同意しなければならない立場にありながら故意に同意しなかつたものであるから同意権の濫用であると云はなければならない。

よつていずれの点からしても申請人の本件仮処分申請はその理由がないから却下されるべきものである。

(疎明省略)

三、理  由

被申請人会社は自転車、スクーター等の製造修理販売を目的とする株式会社で、肩書地に三鷹工場を群馬県太田市に太田工場を置いており、申請人組合は右三鷹工場の従業員をもつて組織する全日本金属労働組合の分会たる労働組合で、同じく太田工場の従業員をもつて組織する労働組合たる全日本金属労働組合群馬支部富士工業太田分会と共に全日本金属労働組合富士工業分会連合会(以下単に連合会という)を組織していることは当事者間に争がなく被申請人は本件仮処分命令申請は労働組合が会社のなした解雇の効力の停止を求めるものであるがこのような従業員と会社の雇傭契約に基づく権利は従業員個人の権利であつて、労働組合はこれを主張する何らの権限なく従つてその当事者適格を欠く旨主張するが、労働組合は組合員の労働条件の維持、改善その他経済的地位の向上を図ることを主たる目的とし、その代表者は組合員のため使用者とこれらの事項について交渉する権限のあることは労働組合法の規定するところであつて会社が組合員を解雇したことに関し労働組合たる申請人が解雇の不当を主張し、使用者たる会社と交渉し又は訴訟をもつてその無効なることの確認を求める権限のあることは明らかであり、本件申請に於ても当事者適格を欠くものというべきではない。よつて被申請人の右主張は採用しがたい。

次に会社が昭和二十五年九月十五日別紙目録記載の組合員に対し同人等を解雇する旨の意思表示をなしたこと、及び申請人主張の就業規則第五十八条第六十三条によれば傷病、業務上支障、停年その他已むを得ない事由で会社が従業員に対し、退職を命ずる場合には、その都度具体的な理由並びに方策を示し従業員組合の同意を得て行う旨の規定があること及び昭和二十五年六月二十九日富士産業株式会社から三鷹工場関係者に対して就業規則等労働関係一切の諸規定を廃棄する旨の通告のあつたことは当事者間に争いがないところである。

ところで被申請人は右就業規則は被申請人会社の前身富士産業株式会社(以下単に旧会社という)当時のもので被申請人会社はこれを承継していない旨主張するので、まづこの点について考えてみるに旧会社は昭和二十年八月会社経理応急措置法により特別経理会社に指定され被申請人会社は企業再建整備法に基いて旧会社の第二会社として昭和二十五年七月十三日新発足したものであること及び旧会社時代の会社と従業員の雇傭関係は被申請人会社が右発足と同時に承継したことは弁論の全趣旨に懲して争いのないことが明白である。そして企業再建整備法の目的とするところは戦時補償の打切等によつて企業が直接間接に蒙る影響を合理的且つ円滑に処理し経済界の不測の混乱を防止すると共にこれを機として過去の損失を一切整理し企業の急速なる再建整備を促進しもつて沈滞の淵にある我国産業全体の健全なる回復振興に資することにあるのであるからその法の目的に従つて設立された第二会社は従来の特別経理会社である旧会社とは、別個独立の会社であつてたゞ企業再建整備法第十条は同法其の他の関係法令に懲すれば特に同法の規定を以て特別経理株式会社が新勘定に所属する、資産の全部又は一部を出資する場合においてはその債権者を保護する必要上第二会社は指定時後特別経理株式会社の新勘定の負担となつた債務を承継せしめる旨法定したものに過ぎず之を以て旧会社の一切の権利義務を当然包括的に承継せしめた趣旨ではないから法令に基く外は明示又は黙示の意思表示に依つて始めて之を承継し得るものと解すべきである、従つて第二会社の承継と認めらるべき権利義務は法令に基く外は第二会社が自ら明示又は默示の意思表示に依つて旧会社の將来継続する権利義務(本件に於ては雇傭関係)又は既に具体的に発生した債権債務等の権利義務承継に限られその他将来発生する権利義務の関係即ち労働協約とか就業規則等は当然これを承継したということはできない。もつとも証人aは「新就業規則を組合に提示するまで即ち同年七月二十八日までは会社は日常起る問題については従来の就業規則に準じて処理していた」と供述し、成立に争いのない甲第十四号の記載によれば「昨九日午後六時三鷹工場において十川工場長及び城所総務課長が業務上の必要書類を搬出せんとしたところ左記組合員が故なく之を妨害したことは明らかに正当なる行為を逸脱したものと認めらるゝについては重大なる職場規律の違反として適当なる処分を必要とするから茲に申入れる」とあり、会社が従来の就業規則を引続き適用していたのではないかと思はれる点がないでもないが、それ等をもつて直に会社が旧会社時代の就業規則を当然承継したと認めることもできないし却つて成立に争のない疏乙第二号疏甲第十二号前記証人aの証言から成立を認めることのできる疎乙第一号第十二号と右証人a、同bの各証言及び被申請人本人Aの尋問の結果を綜合すれば前叙の如く被申請人会社は昭和二十五年七月十三日企業再建整備法に基いて旧会社の第二会社として発足するにさきだち同年六月二十九日旧会社は各工場関係者に対し従来富士産業労働組合連合会と会社との間に協定されていた労働条件に関する一切の諸規定は第二会社発足の日をもつて廃棄する旨の通告をなしその後被申請人会社が発足当時会社から三鷹工場長に対し新しい就業規則で経営して行けと云う指示があり、又同年七月十五日の会社と組合の第一回団体交渉において会社は組合に対し従来の労働協約を廃棄する旨の通告をなし、同時に労働協約案及び賃金規則案を示し、次回の団体交渉(同年七月二十二日)で検討したい旨の申入をなしたが、組合はこれに応ずる様子がなかつたので、会社は更に七月二十二日団体交渉の申入をなし、同年七月二十八日第二回の団体交渉を開き、その際就業規則は組合の意見書を添えて所轄官庁え届出ることになつていたので、その意見書を得るために組合に新就業規則案を示し「新らしい就業規則の案ができたから検討してもらいたい」旨申入れ、旧就業規則を承継する意思のなかつたことが一応疏明される。そうして前記第二回の団体交渉の際、会社が組合に対し「新しい就業規則の案ができたから検討してもらいたい」旨申入れ、又労働協約を廃棄する旨の通告をなしているが、これは前敍の如く旧会社と組合員との雇傭関係だけは会社が承継したので、従業員としての組合員の地位は何等変るところがないから、同人等に対し会社の意思を明確に表示したものに過ぎないものと解せられ、又労働協約を廃棄する意思表示を為したのは前叙認定の如くであるから、これ等の事実をもつて旧会社時代の就業規則を会社が直に承継したというのも早計である。

次に又申請人提出の疏甲第十八号には、新会社発足後も、就業時間も一週拘束四十四時間で、一日八時間、土曜日は四時間であり、日曜及び祝祭日は公休であり、これ以上に就業時間が延長される場合、それは残業及び公休出勤で、割増資金の適用を受けることには少しも変化なく、当宿直料は土曜日は五十円、公休日及び夜は一回につき百円であり、通勤費用等も旧会社時代と何等変らない旨の記載があるが、成立に争のない疏甲第四号疏乙第二号と証人aの証言により、成立を認め得る疏乙第八号及び前記証人同bの各証言並びに被申請人本人Aの尋問の結果を併せ考えれば、新就業規則と旧就業規則との相違のある点は、旧就業規則では組合の同意を得なければ運用できなかつたことが、新就業規則では組合の同意を得なくても運用できる点及び旧就業規則によれば、労働時間は一週四十四時間制であり、新就業規則によれば一週四十八時間制である点であつて、その他の個々の事項は新就業規則と殆ど大差ないことと、会社発足と同時に労働時間は就業規則通り四十八時間制にしようとしたが、当時組合の反対にあい、その結果本社に伺いをたてたところ、従来通り四十四時間制でもよいと云うことになり、その儘四十四時間制を実施したことが認められるので、疏甲第十八号記載の事実のみを以つて直に会社が旧会社の就業規則を承継したとも云えない。

即ち、新旧就業規則の存否については、叙上説示の疏明を以つてしては未だ極めて不鮮明であり、且形式的な就業規則が存在しなければ職務の遂行、職場の秩序保持等工場運営が絶対に維持できないものと考えないから、寧ろ新会社発足当初の過途的時代であつたので、形式的には無協約状態があり得るのと同様無就業規則状態であつたものと認定せざるを得ない。

然らば旧会社の就業規則は法律の規定によつては、当然第二会社である被申請人会社に承継せられたものと謂うを得ざるは勿論、申請人提出の疏明方法をもつてしても未だ被申請人会社が旧会社の就業規則を承継し、これを以つて新会社の就業規則として実施したと疏明するに足る資料がないことゝなる。しかしてこの場合、保証をもつてこれに代えることを相当としないから、申請人の本件申請は爾余の点を審査するまでもなく、理由なきものとしてこれを却下し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を適用して主文の通り判決する。

(裁判官 相川米太郎 広瀬賢三 藤本忠雄)

(別紙目録省略)

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